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キッチュ研究
忘れようとしても思い出せない、過剰な場所・もの・人・映画・音楽  
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いつも「像」の影を追い求めていると、とんでもなく身近にこんなものがあったのか!と驚かされる事がある。膳所公園としてなじみの深い「膳所城跡公園」の前を自転車で通りかかった時、一瞬「像」の背中のようなものが見えたような気がした。まさかな・・・と思いつつ公園内へ。子供の頃からたまに来ていた琵琶湖岸の古い公園。その名のとおり、家康が建てた膳所城の跡地であり、桜の名所でもある。小学校時代には遠足や写生大会なんかでよく訪れた場所である。そんなところに「像」があったなら絶対記憶に残っているはずだが・・・。

かつての膳所城の門を再現した入り口。

何かあるぞ。

やはり道から一瞬見えたのは「像」だった。

「英霊塔」
顔はまさに観音様。右手に平和の象徴である鳩、左手には赤子、一種の慈母観音と言ってもいいだろうか?
造型には荒さがあり、表面はざらつきがある。アーティスティックな作家性を感じる。

どっしりした後姿も迫力満点。今にも振り返りそうである。

森大造(1900~1988)
米原・上丹生で生まれた彫刻家。
彦根駅前の井伊直政像など、県内外に作品多数。米原醒井にある醒井木彫美術館に、記念館があるらしい。
1955年に製作されたこの英霊塔は、戦後10年を経て、太平洋(大東亜)戦争の犠牲者の霊を祭るために作られたものなのだろう。何せ塔の周辺になんの能書きもないのである。ネット上でも情報は極端に少いが、ここで慰霊祭のような事が行われたらしい。

裏側に出入り口がある。ここから中に入れるのだろうか?

きわめて人間的な後姿。

悲惨な戦いを繰り返すな。
今でも花が供えられている。
しかし、この公園にこんな像があったとは、全く知らなかった。何度も訪れている場所なのに。こういうことは巨大仏関係ではよくあって、誰かに「どこそこにこんなでっかい観音さんがあって、胎内に入れて、なんやかんや・・・」てな話をしていて、笑いながら「へ~っ」って聞いてた友人が、フッと「あ、俺そういえばそこ行った事あるわ!!」と気づく・・・
巨大仏というのはそのインパクトとは裏腹に、すぐに記憶から消えていく性格を持っているようだ。まあ大半の人は大仏や大きな像に別に興味ないから仕方ないとは思うが。

不敵な笑みにも見える。
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